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サクセスの企業風土(5)

元気に働いてほしい

――うつ病はいまや珍しい病気ではないと思うのですが、他の業界に比べても罹患者数が多いと感じますか?

吉成 少し前までは日本では精神的な疾患に対する偏見が今よりもずっと酷かったので、「自分はうつ病です」とはなかなか言い出せないような風潮でした。だから統計と言えるほどのものはないのですが、僕はこの40年ゲーム業界にいて、本当にたくさんの人がうつ病を発症するのを見てきたんです。うつ病は業界全体が抱える大きな問題だと思っていますし、我が社もいろいろ対策をしています。

――具体的には、どんな対策をされているのでしょう。

吉成 日光を浴びないとうつ病にかかるリスクが高まるということなので、サクセスでは徹夜は原則禁止です。とはいえ朝に弱い社員もいるので、フレックスタイム制や、使い勝手の良い午前半休、午後半休という制度を導入しています。体調が良くない時やプライベートで少しだけ職場を離れたい、といったケースに柔軟な対応ができる勤務制度なので、社員には好評だと思います。

――いざというときに遠慮なく休暇が取れるのなら安心ですね。

吉成 それでもやはり、社員がうつ病にかかったり、うつ傾向が出ることもあるんですよ。サクセスでは月に一度、うつ病治療の得意な整体師の先生を長野県からお呼びしています。社員だけでなく取引先の人までが噂を聞いて治療を受けに来ています。

――うつ病の専門家というと精神科医やカウンセラーというイメージがあったので、整体でうつ病が改善するとは驚きました。

吉成 伝手をたどってお願いしたんです。整体だけでなくカウンセリングもしていただけるので、助かっています。 ほかにも社員の健康のために管理栄養士による健康指導もお願いしています。肥満も鬱同様大きな問題ですから。  

お弁当作戦で劇的に改善

――ゲームクリエイターは一日中パソコンに向かいっぱなしになることも多そうですし、会社として取り組めることは色々ありそうですね。

吉成 仕事柄どうしても運動不足になりがちですから、社員にはスポーツを奨励しています。でも、運動どころか普段の食生活にも無頓着な社員も多いんですよ。健康診断で数値の悪い社員がけっこういたから、せめて昼食くらいはちゃんとしたものを食べさせようと思って弁当注文のシステムも導入しました。

――ここは五反田駅にも近いですし、昼食を食べる場所ならたくさんあるんじゃないですか?

吉成 それが、適当に済ませてしまう者も多いんです。

――たしかに、余裕がないときは安くて早いファストフードを選んでしまいがちですね。

吉成 それで、弁当屋さんと契約して、弁当を会社で一括注文するようにしたんですよ。その日に弁当を買いたい社員は、3種類の弁当から食べたい物を選んで申し込むというシステムです。 1食200円くらいで買えるように会社から補助金を出しているので利用者も多く、おかげで健康診断の数値もずいぶんと改善しました。

――昼食を変えるだけでも効果が上がるものなのですね。

吉成 年に1度の健康診断の結果が証明しています。色々な数値が確実に改善しています。

――ここまで手厚く面倒を見てくれると、自己管理ができなくても健康になれそうな気がします(笑)。

吉成 目指すところは、クリエイターにとってのユートピアです。

弁当
不健康な社員を救った「お弁当」

吉成社長のつぶやき(26)

趣味の柔道で週3回、合気で週1回の道場通いを欠かさない吉成社長は、運動不足とは縁がない。 『正確には柔道3回、合気1回です。柔道は無酸素運動なので、健康のためのスポーツとは言えないけど、ストレス発散効果は抜群に高いです。合気は有酸素運動なので健康にはいい』

業界の問題、あれやこれや(1)

ゲームを取り巻く環境は時事刻々と変化している。次々と新しい技術やシステムが生まれ、中核となるトレンドは瞬く間に移り変わる。そんな日本のゲーム業界には根深い問題がいくつもはびこっているという。吉成社長の考えるゲーム業界の抱える病巣とは? そして、その打開策は・・・?  

洋の東西を問わず…

――社員の意識改革と労働環境の向上には、創業当時からずいぶん気を配ってこられたのですね。

吉成 社内でやれることには取り組んでいますが、ゲーム業界を全体的に覆う問題も多く、到底サクセス一社だけで解決できるはずもありません。たとえば、取引先や外注先とのトラブルは毎年何かしら起こります。また、社員に無理な働き方を強いるブラックな企業も多く、そこで働くクリエイターたちは疲弊してドロップアウトしてしまうんです。業界全体で取り組まなければならない問題は山積みです。

――取引先とのトラブルで、コミュニケーション能力は関係していますか?

吉成 取引先に限らず社内でのトラブルも、原因の殆どがコミュニケーション・トラブルと言ってもよいのではないでしょうか。元をたどっていくと「双方の意図が伝わってなかった」なんて瑣末なことが多いんですよ。言った言わないから始まって感情のこじれが生まれると、その後も仕事がうまくいかなくなります。肩書きや立場に関係なく、コミュニケーション能力の高い人は総じて仕事ができる人が多いですね。

――ゲームクリエーターは、ものづくりのほうにばかり興味が向いてしまうのかもしれませんね。

吉成 ゲームクリエイターというのは、たいていがオタク気質なんですよ。総じてオタクの人達は、コミュニケーションが苦手な人が多いですね。でもオタクであることは、ゲームクリエイターであるための必須の条件でもあるんです。オタクでないゲームクリエイターが面白いゲームを作るなんて、あり得ません。 この傾向は日本に限ったことではありません。僕は時折、海外のゲームショーにも足を運ぶのですが、会場がオープンする前からずらりと列ができているのを毎回目にします。そこに並んでいる人たちの表情や人相を見ると、どこの国も同じなんですね。「あ、ゲームオタクだ!」ってすぐわかります。

――オタクに国境はないと(笑)。

吉成 笑い話のようですが、これってゲーム業界の普遍的な現象なんですよ。  

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モスクワのゲームショー開場前の長蛇の列

 

悪循環が止まらない!?

吉成 ゲームの下請け会社が、開発でトラブルを起こすことはよくあります。「受けた仕事を納期に納品できない」というケースも多いんです。うちも外注を使うことが多いのですが、年に1、2件はそういったことが起こります。たとえ十分な技術やノウハウを持っていても、一度起こってしまったトラブルをリカバリーするだけの時間や人員の余裕がない会社が多いんですね。だから、事前に取引先の開発体制と人員の確認をすることは、トラブルを未然に防ぐためにもとても重要なことなんです。

――昨年の平成27年でいうと、サクセスが発売したタイトル数は26本でしたが、開発トラブルが起こる割合は単純計算で全体の4~8%と、無視できない数字になりますね。未完成のものを納品されたり、あるいは納品自体がされなかった場合にはどうするのですか?

吉成 ソースデータをすべて引き上げて、もう一度サクセスの社内で作り直すというケースも何回かありました。

――そうなると、社内で回していた他の仕事に影響が出るという事態にもなりかねないのでは?

吉成 その通りです。当社は自社タイトルの制作と受託開発の両方をやっているので、自社タイトルの開発を中断したり、延期したりして、受託開発に影響がないようにしています。

――そういった事態が毎年のように起こっていると?

吉成 ゲーム業界の構造的な問題にも直結するのですが、ゲームの下請け会社には零細企業が多いので、もともとラインの数が少ないんです。それなのに、経営が苦しくなるとどうしても仕事をたくさん取ってやり繰りしようと無理をして、限りられた社員に掛け持ちで仕事をさせることになります。そういった状況ではトラブルも起こりやすいし、一度トラブルが起こってやり直しとなれば、仕事量はますます膨れ上がります。社員は土日も休日も関係なく徹夜を繰り返し、最終的には体を壊したり、うつ病になって会社に来なくなってしまう。そうなると、ますます仕事が回らなくなる・・・。まさにブラック状態です。

――せっかく仕事を取ってきても人材を失ってしまっては仕事も完遂できず、経営がさらに悪化してしまうのでは逆効果ですよね。

吉成 悪循環です。さらに、そもそも外注先が資金繰りの厳しい会社であれば、支払ったお金を返してもらえないケースもありますから、こうした負の連鎖も無視できません。たとえ健全な経営状態にあっても、資本の少ない零細企業がそのあおりを受ければ、急激に業績が悪化したりブラック化も起こりえますからね。

――ゲーム業界を支える下請け企業の現状は、過酷なのですね・・・。  

吉成社長のつぶやき(27)

サクセスの取引先で、絵に描いたようなブラック企業があったらしい。 『「リングドリーム」の開発を最初に任せた会社はね、社員の一人がうつ病になり、一人が胃潰瘍になり、一人が蒸発しちゃった(笑)。当然、アプリは完成しなかったね』

業界の問題、あれやこれや(2)

ブラック企業が多すぎる!

――ところで、下請け会社の経営悪化にはどういった理由が考えられますか?

吉成 新しい技術に対応できずに注文が来なくなるということもありますが、もう一つ、大きな原因としては、実際にやらなくてはいけない仕事の量が受託した金額を大きく上回るというケースが挙げられます。 以前にもお話ししたとおり、最初に1千万円で契約を結んでしまえば、途中の仕様変更などで、実際にかかった金額が2千万円、3千万円と膨れ上がろうが「最初の契約は1千万じゃないですか」と言って押し通す会社が、この業界には多いんです。

――なにかと厳しい条件を押し付けられがちな下請け企業がブラック企業化していくのも、ある意味当然かもしれませんね。

吉成 ところが、ブラック企業は下請け企業だけの専売特許ではないんです。ある大手企業では過酷な労働環境に追い詰められた社員が何人も自殺してしまったというのは、有名な話です。

――耳にしたことはありますが、都市伝説かと思っていました。

吉成 いま、非正規雇用が社会問題になっていますよね。その非正規雇用を最も多く生み出している業界のひとつが、ゲーム業界です。ゲーム会社もかつては正社員を雇用していたものですが、ある時期から契約社員に切り替える会社が増えてしまったんです。ある有名なゲーム会社は、ある時期から、正社員として採用した社員を含めてすべての社員を契約社員に切り替えたんです。いちおう合意という体裁をとってはいましたが、法的にはアウトです。

――非正規雇用制度は企業側からすると賃金や労務コストを節約できるというメリットがありますが、労働者側からすると不満だらけでしょうね。非正規労働者のなかには正規労働者と同じ技能を持ち同じ仕事をしている人も多いと聞きますが、立場は非常に弱く、いろんな格差を受け入れなくてはならないのですから。

吉成 もちろん企業側は労働者側のメリットも謳っています。実際、ゲーム業界の非正規雇用制度は、マイクロソフトの労働形態を真似たところから始まった、と私は見ています。でも、マイクロソフトは社内に何百人という億万長者を輩出していますから、企業側にも労働者側にも利益をもたらすことに大成功したロールモデルとして喧伝されています。

――それを伺って少しは安心しました。

吉成 ところが、マイクロソフトは桁外れの急成長をして、見合うだけの報酬をしっかり提供していたからこそ成功したわけで、日本のゲーム業界では、企業側にとって都合の良い部分だけを採用しているようなところがありますね。  

毎年10%のゲーム会社が倒産!?

吉成 非正規雇用制度に加え、問題にさらに拍車をかけているのが裁量労働制です。会社に来る回数や就業時間には決まりを設けず「各自の裁量で自由に働いてもいいですよ」と謳っていますが、実際には割増賃金を支払わなくてもすむようにする制度です。

――真っ黒ですね。そんな中でモチベーションを保つのはかなり難しそうです。

吉成 ええ、ゲーム会社で裁量労働制を取っている会社でブラックな企業は少なくないですね(笑)。

――ブラック企業にもさまざまなケースがあることがわかりましたが、自殺者までが出ているとなると状況はかなり深刻ですよね。せっかく能力を身につけて仕事に就いても、心身の健康を損なうまでに酷使されたり、使い捨てにされるというのでは・・・。

吉成 そうなんです。しかも資金繰りの悪化からブラック企業になったような会社は倒産の危機とも隣り合わせですから、働く人たちの不安は大きいでしょうね。

――サクセスの取引先でも、倒産に至ったようなケースは多いのですか?

吉成 規模の大小にかかわらず、たくさんあります。1年間でいったいでどれくらいのゲーム会社が消えてゆくのかと気になって、調べてみたことがあるんですよ。以前「ゲーム業界就職読本」という本が毎年発行されていて、その中に就職先候補であるゲーム会社一覧が掲載されていたんです。その一覧にある会社の入れ替わりを手作業で集計してみたんです。そうしたら毎年、10%前後の会社が入れ替わっていました。  

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巻末に記載されていたゲーム会社約300社の内、今残っている会社は約1割。

 

――企業自体も長く存続しつづけるのが難しい業界と言えそうですね。  

吉成社長のつぶやき(28)

毎年10%のゲーム会社が淘汰されていくと聞いて、かなり衝撃を受けたのだが・・・。 『他の業界はどうなのか、という疑問が湧いて、サクセスの旧事務所にが、国道1号線に面した場所だったんだけど、五反田駅から自社との間にある、1号線沿いの1階の店舗を全部調べたことがあるんですよ。そうしたらなんと、10年間で半数以上が入れ替わっていた』

業界の問題、あれやこれや(3)

下請けの立場が弱すぎる!

――これまで日本のゲーム業界の問題点をいくつか伺いましたが、海外では事情が異なるのでしょうか?

吉成 アメリカでは、ゲームがヒットしたときに、関わったスタッフや下請け企業に見返りの報酬があるのが当たり前です。ところが日本のゲーム業界ではそういったインセンティブの制度がほとんどないんですよ。これも日本の良くないところですよね。   かつてテレビゲームの一時代を築いた『インベーダー』を開発したゲームクリエイターの西角友宏さんが、当時もらったボーナスは他の社員と変わらなかったというエピソードは有名ですが、今でもそういった状況はあまり変わってません。

――スタッフや下請け側にもメリットが用意されていれば、仕事の意欲が上がりそうです。

吉成 アメリカだと、たとえ大手企業と下請けの子会社という関係であっても、開発する現場が大きな力を持っているケースがとても多いんです。日本ではそういったケースはかなり特殊で、「メタルギア」シリーズを開発したゲームデザイナーの小島秀夫さんのスタジオとコナミの関係がいちばん近かったかもしれませんね。まあ、いろいろ問題があったとは聞いていますが(笑)。

――日本でもそういった取り組みをしている会社はあるんですか?

吉成 サクセスの取引先の下請けさんとの間では「たくさん売れた場合にはロイヤリティをつける」という契約を結ぶことが多いです。でも、うちが受託している仕事の発注元にそういった契約を持ちかけると「そんな契約とんでもない」「前例がない」と、にべもなく断られるケースは少なくないですね。

――サクセスが発注元と下請け、両方の立場で仕事をされているからこその、対等な目線を感じます。

吉成 うちの場合、取引先の企業だけでなく、社員にもインセンティブを与える制度を取り入れています。ヒット作が出ると、そのプロジェクトや部門ごとに営業利益の何パーセントかを報奨金として支給するという仕組みです。  

インセンティブを導入

――大ヒットを作ればそれだけボーナスも大きくなる、となれば社員のモチベーションは相当高そうですね!

吉成 まあ、ボーナスでやる気の出る人とそうでない人っているんですけどね(笑)。プログラマーだろうがデザイナーだろうがプランナーだろうが、ゲーム会社の人間っていうのは、けっこうサラリーマン気質の人も多いですから。ただ、成功したときにちゃんと見返りがあるような制度があれば、日本のゲーム会社ももうちょっと元気になるんじゃないかなと思ってます。

――最近では、国内産でもPS4のビッグタイトルがいくつか発売されましたが、やはり売れているタイトルは海外の作品が多いという印象です。やはりスタジオや開発会社が力を持っている海外のほうが、元気があるのでしょうか。

吉成 PS4ほどの高スペックなプラットフォームになると、グラフィックの性能がアップしたぶん、ソフトの開発にはお金と時間がかかりますからね。ファミコン時代と比較すると、コストは何倍、何十倍にも膨れ上がっているため、事実上大手の会社しか大作は開発できないという状況になってます。PS4の主要なタイトルはほとんどがアメリカ製ですが、大きな資本で大掛かりにやっているんです。

――そういった違いも大きいのですね。

吉成 映画産業に似てきていますね。アメリカ国内には映画の大きなマーケットがあるでしょう? それだけでなくヨーロッパやアジアなど、海外にも配給して全世界で上映できるという環境が整っています。だから、1作に100億以上の製作費をかけるようなタイトルがごろごろあるんです。 ゲームもそれに近いところがあります。特に家庭用ゲームに関して言えば、アメリカはヨーロッパを含めて日本の4、5倍のゲームユーザーがいて大きなマーケットを形成しているので、それだけ投資できるお金も大きいんですよね。日本はアメリカと比較するとマーケットが小さいので、開発にお金がかかるPS4のソフトではどうしても遅れをとってしまいます。

――ことPS4のソフトとなると、日本の開発会社ではなかなか太刀打ちできそうにありませんね。  

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『おさわり探偵小沢里奈』の開発を委託したビーワークスとインセンティブ契約を結んでいたことから『なめこ栽培』が生まれ、双方に大きなメリットをもたらした。

 

吉成社長のつぶやき(29)

「なめこ栽培」はDS版「おさわり探偵小沢里奈」のスピンオフ製品だったという。 『DS版「おさわり探偵小沢里奈」の開発を委託していたビーワークスという外注先から、スマフォへの移植の提案があったんです。スマフォ版「おさわり探偵小沢里奈」の売上が今ひとつだったことから、その販促用のアプリとして作ったものが「なめこ栽培」で、それがヒットしたから、サクセスにも予想以上のロイヤリティー収入が入ってきた。移植した「おさわり探偵小沢里奈」がヒットしていたら、「なめこ栽培」は生まれていなかった。ヒットの法則?、ヒットってのはどれも運だね(笑)』

業界の問題、あれやこれや(4)

変な規制が多すぎる

――せっかく高スペックなプラットフォームを開発しても、日本ではそのスペックの高さが足かせになってソフト開発がなかなか進まないというのは、なにか皮肉なものを感じます。

吉成 高いスペックはゲームの可能性を広げはするけれど、ゲームのおもしろさはそれだけで決まるものではありません。たとえ高画質ムービーや迫力のあるサウンドが贅沢に使われていたって、つまらないゲームはつまらないでしょう? PS4の作品よりおもしろいPS1の作品って、たくさんあると思いますよ。

――初代PS3機ではPS2用のソフトもPS1用のソフトもプレイできたので選択肢が豊富でしたが、PS4ではPS1〜PS3のソフトとの互換性がないので、仮にPS3でおもしろそうなタイトルを見つけてもPS4用にHDリマスター化がされない限りは、PS4で遊ぶことはできないんですよね。ちょっともったいない気もします。  

2Dだからダメ!?

――どんなゲームを開発するかというのは、パブリッシャーは自由に決められるのですか?

吉成 基本的にはゲーム機を製造販売するメーカーに企画書を提出し、承認を得る、というプロセスがありますが、なかには馬鹿馬鹿しい規制もあります。 以前、『上海 万里の長城』というゲームを、いろんなプラットフォームでシリーズ展開したのですが、そのなかにはPS1版もありました。ところが版権元であるアクティビジョンがそれをアメリカで売ろうとしたところ、却下されたんです。

――日本では問題なかったのに、ソニーのアメリカ法人はダメだと判断したのですか?

吉成 そうです。しかも「3Dのゲームじゃないから」というのがその理由でした。プレイステーションは、3Dの表現力が過去のものよりも優れているということがひとつの売りでしたから、『上海』のような、ハードのスペックを活かすことができない2Dのゲームはラインナップに加えないというんです。

――そういうケースもあるんですね。

吉成 3Dのゲームじゃないから許可しないなんて、馬鹿げた話ですよね。グラフィックが2Dか3Dかというのは、作品の良し悪しには本質的には関係ありません。たとえばアニメだって手書きのセルで作るアニメもあれば、クレイアニメもあれば、フルCGのアニメもありますよね。そういった表現手法の違いをあげつらって判断するなんて、まったく理解できません。 プレイステーションソフトの審査については、日本よりもアメリカのほうが規制が厳しいですね。バグには寛容ですが(笑)。 かって当社では海外で制作されたタイトルを数多く移植して販売しましたが、バグの多さには驚きました。日本のメーカーチェックは厳しいですから、バグが発見されると差し戻されます。品質管理のレベルは、日本とアメリカではレベルが違いますね。 一方、日本は日本にも変な規制も多いのですが・・・。  

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SCEから発売されたPS版『上海 万里の長城』は、アメリカで販売することができなかった。

 

4本指だからダメ!?

――日本では、4本指のキャラクターが登場するためにプレイステーションから発売できないソフトがあったというお話を伺いましたよね。

吉成 日本では自主規制によって表現を制限されることが多いですね。差別的な意図があろうがなかろうが、文句を言われそうな表現は事前にすべて排除してしまうというのは行き過ぎだと思います。ゲームだけじゃなく、たとえばテレビで通行人の顔にモザイクをかけたりするのも、僕には異様に見えますね。海外では殆どありえませんから。

――肖像権や個人情報に関する意識は、欧米のほうがしっかりしていそうなイメージがありますが、そうでもないのですね。

吉成 いくら個人情報の保護といったって、顔にモザイクを入れて放送するような国なんて日本くらいじゃないでしょうか。facebookのアイコンだって日本人はキャラクターとかペットの写真が圧倒的に多くて、海外のユーザーからは不思議に思われていますよ。

――ちょっと神経質なのかもしれませんね。

吉成 神経質すぎると思います。先日、ニュース番組である誘拐事件を報じていたんですが、その中で犯人に個人名を特定されないようにするにはどうすればいいかなんてことをキャスターが滔々と説明していたんですよ。その方法というのが、表札を出さないとか、持ち物に名前を記入しないといったことだったので、正直あきれました。ごく一部の犯罪者に対応するために、社会全体が「顔を出さない」「名前を隠す」だなんて、過剰反応もいいところです。  

日本人はグレーゾーンを気にしすぎ

――難しいところですね。たとえば一人暮らしをしている女性なんかは、防犯のため表札を出さない人も多いと思います。

吉成 どんなことにもメリットとデメリットがありますが、僕はデメリットが大きいような気がします。女性に限らず、最近は表札に名前を出さない人がけっこういるでしょう? そうすると、隣に住んでいる人がどんな人間なのか何時までたってもわからないじゃないですか。近所付き合いがないことは、防犯上の大きなデメリットになると思います。

――たしかにそうですね。

吉成 ゲーム作りにおいても、日本特有のこうした自主規制にうんざりすることはたくさんあります。たとえば、うちでは『東京バス案内』という都営バスの運転シミュレーションゲームのシリーズを何作か出しているのですが、このゲームでは街の風景を3Dで全部表現してるんですよ。ところが社員の中には神経質な社員がいて「商標権や肖像権に抵触するかもしれないから、街にある看板をそのまま出すのはまずい」ということで、看板の大半を変更してしまったんです。

――よほど企業イメージを損なうような演出をしていなければ、むしろ宣伝になりそうな気もしますが。

吉成 そもそも看板ってのは、見てもらうために出すわけですからね。『東京バス案内』で特定のお店や企業を誹謗中傷する気も宣伝する気もありませんでしたが、街の風景をリアルに再現するのが運転シミュレーションゲームの醍醐味のひとつですなので、そこは変える必要はなかったのではないかと今も思っています。

――トラブルを避けるために慎重になりすぎたがゆえの判断だったのでしょうね。

吉成 世の中には白と黒だけじゃなくて、グレーの部分があるものですが、そのグレーの部分も事前に排除しておこうという意識なんですよね。もし訴えられたら戦えばいいだけのことなのですが、こういった過剰な配慮が日本のゲームをつまらなくしている原因のひとつだと思います。  

吉成社長の今日のひと言(30)

我が家(インタビューアー)の右隣のご夫婦とはしょっちゅう交流があり、左隣のご夫婦とは引越しのご挨拶に行った時すら居留守を使われたのだが、そういえば右隣は表札を出していて、左隣は出していなかったことを思い出した。
 
『いい人か悪い人かまではわからないけど、挨拶にも出てこないような人とは、お付き合いはしたくないね』

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