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吉成社長が影響を受けた4人のビジネスマン(2)

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20代にして一攫千金を果たした男

――ブリタニカを退社されてからも、営業のお仕事自体は続けられたのですよね。

吉成 幾つかの会社に在籍し、多くのビジネスマンを見てきましたが、なかでも特に印象に残っているのはショーン・デールという男です。こんな名前ですが、彼は日本育ちの純日本人です(笑)。彼はアメリカで流行したものを日本に持ち込んで売るという商売をしており、ビジネスのためにアメリカと日本の二重国籍を持ってました。

 

――どんな商材を扱っていたのですか?

吉成 彼が最初に当てたのは、戦前にアメリカの飲食店などで大流行したパンチボードと呼ばれる紙のゲームでした。簡単に言うと、紙で作ったくじ引です。A4サイズのボール紙を重ねて板状にしたものに1000から2000ほどの小さな穴を開けて、その穴の中に「当たり」か「ハズレ」と印刷された小さな紙切れを詰め込んだものです。お客さんは1回ごとに100円の料金を支払って好きな場所から紙切れを取り出すんです。「当たり」が出ると景品(賞金)がもらえるといった単純なものですが、このパンチボードが日本でも大流行したことがあるんです。日本に持ち込んだその本人から直接聞いた話ですが、末端価格を1万円から2万円に設定して、50万個は売り捌いたそうです。

 

――当たりの金額を大きく設定すれば、それだけギャンブル性が高まりますね。

吉成 そんなわけで、アメリカでは州によっては非合法になって禁止されていました。彼は、その商品をどうすれば合法化できるかを考え、思いついたのが、小さな紙切れに「占い」を印刷したんです。つまり、お客様には「占い」を買ってもらい、「当たり」が出るのは景品という扱いにした訳です。その商品だけで、20歳の時に始めて24歳で止めるまでに28億円稼いだそうです。

 

――ものすごく商才があったのですね。

吉成 一種の天才でしたね。英語がペラペラで外国に頻繁に行っていたので、海外の情報に関してはとても早かったんです。今も昔も情報格差の生まれるところには商機が生まれますから、海外で成功しているビジネスを見つけていち早く日本に持ってくるということに関してはやはり才能があったのでしょう。ただ、いま思えば、商才もさることながら運も大きかったのではないでしょうか。その後のビジネスでは大失敗もしていますから(笑)。ともあれ、僕が入社したときにはすでにパンチボードからは手を引き、別の商材を扱っていました。代表的なのは「パールベンダー」という、真珠の自動販売機です。

 

売りたいのは真珠、それとも・・・

――真珠を売るための専用自販機があったのですか?

吉成 真珠と言ってもクズ真珠です。とはいえ、パンチボードを売っていた彼のことですから、もちろん真珠を売りたかったわけではありません。その頃西ドイツで合法ギャンブル機として認められていた「ロタミント」というスロットマシンに似た機械があるのですが、彼は真珠自動販売機にロタミントを組み合わせることで、景品の出る自販機に作り変えたんです。

 

――ロタミントをそのまま使うと日本では法に触れてしまうので、真珠の自動販売機という体裁を整えたということですか?

吉成 その通りです。真珠自動販売機に硬貨を投入するとコロコロっと小さな真珠が出てくるのですが、それと同時に「ロタミント」が動き出し、当たればジャラジャラと硬貨が吐き出されてくるという仕組みでした。「ロタミント」はあくまでもおまけ扱いです。

 

――隠れ蓑になっているような、そうでもないような(笑)。

吉成 現金を真珠の景品とすること自体は違法ではありませんし、その金額は「商品の価格の20倍まで」といったように、具体的に制限されています。ところがそれらの規定を定めた「景品に関する規定」は公正取引委員会(現在は消費者庁)の管轄で、当時は違反しても罰則がなかったんです。一方で「賭博法」は刑法が適用されるため、違反すれば賭博罪という罰則が課せられます。こういった不思議なグレーゾーンは今も昔もたくさん存在してるんですよね。こうして「パールベンダー」はとりたてて大きな問題になることもなく、しばらくの間全国に何百台と設置されました。

 

「セールス」と「レンタル」

――「パンチボード」に引き続き、「パールベンダー」も成功したということですね。

吉成 ビジネス的にはそうですね。ただ、僕がショーン・デールのもとでいちばん勉強になったのは、法のグレーゾーンの攻め方ではありません。自販機を売るのではなく、レンタルして中身だけを売るというやり方です。僕はブリタニカの教材を始め、それまでは商材を「セールス」するという仕事をしていたため、自販機をレンタルすることで長期的な利益を生みだすというビジネスモデルはとても新鮮でした。

 

――確かに、自販機そのものを売り買いするというケースは聞いたことがありません。

吉成 例えばうちの会社に置いてある飲み物の自販機だって、契約した業者に場所を提供するだけです。中身の補充やメンテナンスもすべて業者が行い、売り上げの一部がうちにバックされるという仕組みです。これはゲームセンターに置いてもらうゲームマシンも同様で、ゲームをプレイしてもらった売り上げをお店と折半します。メーカーがゲーム機を売るのはオペレーターという運営業者で、オペレーターは買った機械をお店に設置させてもらって売上をお店とでシェアする訳です。

 

――この仕組みなら、設置させてあげる側にはまったくリスクがありませんものね。

吉成 ゲームマシンや自販機のビジネスでは、機械を売って収益を上げることよりも、如何に売上の上がる場所を確保するかのほうが重要な仕事で、これを専門にする人を「ロケーター」と呼ぶんです。

 

――あまり馴染みがないので「セールスマン」としてひとくくりに捉えがちですが、実際の仕事の内容には大きな違いがあるのですね。

吉成 ロケーションを確保するためにお客さんと交渉するわけですから、ロケーターのやっていることも一種の営業です。ところが商談をまとめる確率は「100万円の自販機を買ってください」と交渉するよりも、「置いてください」と交渉するほうがはるかに高いわけです。しかも、1回の商談から得られる利益は、売買が成立した場合よりも設置場所を1箇所確保したほうが大きいケースがほとんどです。

 

自販機商法のメリット

――リスクを負うのは、機械を貸し出しているオペレーター側だけということですね。

吉成 ところがオペレーター側のリスクも、じつはそう大きなものではないんです。ロケーションさえ間違えなければ、継続的に収益が得られますし、仮に良くない場所に機械を設置してしまった場合、簡単に撤去して他の設置先に移すことが可能です。これが、例えばレストランやコンビニを開業した後、ロケーションを変更したいと思っても、そう簡単にはできません。

 

――いいことづくめじゃないですか!

吉成 「ロケーションを自由に変えられること」「セールスに比べて商談をまとめるのが容易であること」、これが自販機商法の大きなメリットです。ショーン・デールと一緒だったのは数年でしたが、彼の元でこのビジネスモデルを学べたということは、その後ゲーム業界で仕事をしていく上でとても役に立ちました。

 

――ところで、ショーン・デールさんが大失敗されたビジネスというのは、いったいどういった物だったのでしょうか?

吉成 やはりアメリカの商品でフリーザーとオーブンが一緒になった「ピザマティック」という商品があったのですが、それを日本で売ろうとして失敗しました。フリーザーに入った冷凍ピザを下のオーブンに入れれば簡単にピザが作れるというシンプルなマシンで、彼はそれを何百台と仕入れました。ところが当時、日本ではピザがそれほど浸透しておらず、仕入れたマシンをすべて在庫として抱えることになってしまったんです。彼はパンチボードとパールベンダーの成功で10軒以上の家を持っており、ハワイとロサンゼルスには別荘があり、飛行機もヨットも所有しているという絵に描いたようなお金持ちでしたが、ピザマティックでの失敗が原因で、財産の大半をパーにしてしまいました。

 

――成功談も失敗談も、なんというか豪快ですね。

吉成 とにかく強烈な個性の持ち主でしたね。

 

この商品で4年で28億円稼いだという。写真は東急ハンズでレトロゲームとして販売していた戦前のもの。

 

吉成社長のつぶやき(40)

自販機商法の利点はもうひとつあるという。

『セールスマンってのは人間だから、体調が悪くなったりやる気を失ったりしたら商品を売れなくなる。だけど自販機はそれがないからね。電気さえ与えておけば文句も言わずにコンスタントに売り続けてくれるのがいいよね(笑)』

 

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