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サクセスの「これから」

社長室の大きなホワイトボードには、今年の新入社員のプレートが新たに加わっていた。社員2人からスタートしたサクセスを40年間にわたって育てあげてきた吉成社長が、この会社で実現しようとしてきたことは何なのか。そして、次なる節目である50周年に向け、どんなビジョンを胸に描いているのだろう。

 

売り上げ目標なんてどうでもいい

――この40年間、経営者として吉成社長が目指してきたことをお聞かせください。

吉成 ゲーム会社を経営する目的はただ一つ、良いゲームを作ることです。そしてゲーム会社の経営者である僕がすべきことは、社員たちが良いゲームを生み出しやすい環境を整えること。サクセスをクリエイターにとってのユートピアにすることが、これまでも、これからも僕が目指す目標であり使命なんです。それに比べれば、売り上げ目標だとか従業員数なんてのは、はっきり言ってどうでもいいことですね。

 

――サクセスを立ち上げるまで、吉成社長はゲーム会社に在籍したことはなかったと伺っています。それまで勤めていた会社や営業で訪れた会社の中に、サクセスののモデルとなる「ユートピアのような会社」があったのでしょうか?

吉成 率直に言って、お手本にしたいような会社はありませんでした。僕は幾つかの会社で営業職として働きましたが、今で言うところのブラック企業がかわいく見えてくるほどの、桁違いの暗黒企業ばかりでしたから(笑)。

 

――目指すべきモデルがない中で、ご自身は「社員のためのユートピアを作ろう」と思われたのですね。

吉成 まあ、ユートピアというとちょっと言い過ぎかもしれませんが、「ゲーム業界の中ではいちばんホワイトな会社」とは自称してます(笑)。なにも「社員に何不自由のない、居心地の良い環境を与えよう」などと大層なことを考えていたわけではなく、いろんな会社を見るなかで頭に思い浮かんだ「ここをこうしたらもっと良くなるのに」というアイディアを、一つ一つサクセスに詰め込んでいっただけなんです。それが結果的に「自称・ゲーム業界の中ではいちばんホワイトな会社」となったわけです。

 

――ゲーム業界内での付き合いが増えたあとも、それは変わらなかったのでしょうか?

吉成 どんなに羽振りの良い会社でも、ゲーム業界内で「あんな会社にしたい」「羨ましい」と思えるような会社はありませんでした。もちろん、役に立ちそうなところは取り入れましたが、ゲーム会社には基本的にブラック企業が多いので、お手本にしたいとはとても思えなかったんです(笑)。

 

――では、本当に手探りでここまで会社を大きく育ててこられたのですね。

吉成 ほとんど「運」と「なりゆき」でここまで続けてこられました(笑)。だけど、運だろうがなりゆきだろうが、ゲーム作りという楽しい仕事を40年も続けてこられたのですから、本当に幸せなことです。これからもずっと作り続けていきたいと思っています。

 

――40年も続いているゲーム会社は、極めて稀ですよね。

吉成 過去にとてつもない大ヒットゲームを出したことがあっても、経営が傾いて廃業した会社はゴロゴロありますからね。この業界に身を置いていて寂しい点の一つは、同業の友人が少ないことです。毎年1割の会社が潰れていく業界ですから、関係のあった人達がどんどんいなくなってしまうんですよ。年上や同年代の経営者で、今もゲーム会社を続けている人はほとんどいません。

 

大ヒットを狙え!

――ヒット作の1本や2本で、何十年も経営を維持できるはずはありませんからね。

吉成 一時的な成功ではどうにもなりません。だけど、やむなく廃業した人たちだって、できることならゲーム作りを続けたいんです。かつての有名なクリエイターで、今も細々とゲームを作り続けている人たちはたくさんいます。

 

――技術と感性さえ磨いておけば、もう一度ヒットを出すことも不可能ではないように思います。

吉成 そう簡単な話でもありません。1本のゲームを作り上げるには、何人ものクリエイターがチームを組んで半年、1年とかかるものなので、それなりの資金が必要です。しかも今ヒットしているゲームというのは、何十人というマンパワーをつぎ込み、大掛かりに作られたものばかり。そんな土俵の上で、一度脱落してしまったクリエイターが再び浮かび上がるのは容易いことではありませんからね。

 

――難しいですね。吉成社長が先ほどおっしゃっていた「運」と「なりゆき」という言葉に重みを感じます。

吉成 going concernという言葉がありますが、企業にとって、事業を継続していくこと自体がとても重要なんです。良いゲームを作ることはもちろん大事ですが、会社を潰してしまっては元も子もありませんからね。

 

――これからサクセスが50周年、60周年へと事業を継続してゆくための具体的な方針があれば教えてください。

吉成 基本的にはこれまでと変わりません。ゲームというのはあらゆるIT技術の結晶ですから、ゲーム業界に身を置く者は、IT業界の中でもとりわけ多くの勉強が必要です。会社としては、これまでどおり社員一人一人にスキルアップを促し、常に最新の知識と技術を身につけさせる方針です。もちろん社内で行っているセミナーの内容についてもブラッシュアップしますが、これも今までと同様ですね。

 

――最新の技術というと、これまでのラインナップにはないVRゲームなども今後は手がけられる予定があるのでしょうか?

吉成 受託開発のオファーがあればやりますが、今のところ、積極的に手を出すつもりはありません。VRはまだまだハードのスペックが低く、画質もボケ気味です。せめて8K並みの性能がないと魅力的なゲームにならないんじゃないかと思いますね。

 

――最後に、「これだけはぜったいに達成したい」という夢があれば教えてください。

吉成 それはもう、大ヒットゲームを出すことですね! ずっと大ヒットを出したいと願い続けて40年。そこそこ売れるゲームはコンスタントに作ってきましたが、大ヒットまではまだ達成してません。これだけは必ず実現したいと思っています。

 

――楽しみにしています!

 

今年40期目を迎えたサクセス。 ゲームクリエイターのユートピアを目指します。

 

吉成社長の最後のつぶやき(50)

『約1年に渡って続いたこのインタビューブログも、これが最後。アメリカのテレビドラマ「24」を見ながら、主人公ジャック・バウアーよりも、俺のほうが上をいっている、とつぶやいていたのは10年以上も前のこと。ゲーム作りもゲーム会社の経営も本当に面白い』

人生のコツ(4)

日本も捨てたものじゃない

――トランプ大統領誕生の影響で、世界各国で移民排斥や保護主義の流れが目立ってきました。日本もこれから混迷の時代を迎えるのではないかと先行きを不安視する声もあるようですが、吉成社長はどう思われますか?

吉成 専門家ではないのでざっくりとした雑感ですが、マスコミが悪く煽りすぎなんじゃないでしょうか。実際にはGDPが増えて景気が上向いていますし、数字的な面から言えば、いま日本の経済は世界でいちばんマシなほうですからね。

 

――そういうポジティブな要素が報道されることはあまりないですよね。

吉成 報道がちょっと偏っているような気がします。日本の銀行の財務体質は世界一で、いまや外国の企業にお金を貸せるのは日本の銀行くらいです。アメリカもヨーロッパも、そんな余裕のある銀行なんてほとんどないですから。

 

――アメリカの政策転換によってTPPもどうなるかわからなくなってきましたが、日本は国際競争に勝ち残っていけるのでしょうか。

吉成 日本はものづくりが得意ですから心配ありません。世界中、誰だって良いものが欲しいですから、このグローバル化の時代に、高品質な日本の製品と競争しなければならない外国のほうが、ある意味かわいそうですよ(笑)。

 

――品質はともかく、価格競争で後手に回ってしまうという可能性もあるのでは? 一昨年、インドネシアでの高速鉄道建設の受注競争では価格の安い中国に敗れ、大きな話題となったことがありましたよね。

吉成 負けたとは言い切れないのではないでしょうか。インドネシアの高速鉄道は今も着工すらできていませんし、中国国外で中国の高速鉄道が走っている国はまだありませんから。そもそも中国で走っている高速鉄道も中国の自前ではなく日本の技術で作られたものです。中国が独自に改良した車両は事故を起こしたり、不備が見つかってリコールされたりしており、中国製への安全性への信頼は揺らいでいるようです。その点、日本の新幹線は長い運用実績を持ち、安全性も技術力もトップレベルですから、特に高い安全性が求められる交通インフラのジャンルでは有利だと思います。

 

――信頼性という面では日本に軍配があがりますね。

吉成 新幹線に限らず日本製の製品は、あらゆる国で評価が高いんです。日本が苦手なのはロケットとジェット機くらいのものでしょうね。

 

――国際競争を怖がる必要はないということですね。

吉成 はい。日本が経済面で落ちぶれるという可能性は、ほかのどんな国よりも少ないと思います。とはいえ経済悪化の要因がまったくないわけではありません。いちばんの問題は人口問題でしょうね。

 

移民もいずれ同化する

――今のところGDPは緩やかに増えていますが、少子高齢化がさらに進んで労働人口が減り続ければ、状況が悪化するのは避けられませんからね。世界的に移民排斥の傾向が強まっていますが、人口減少を食い止めるためには、日本はもっと移民を受け入れるべきではないかという意見も耳にします。

吉成 僕はもう少しくらい移民を入れてもいいんじゃないかなと思いますね。治安悪化を恐れている人もいるのでしょうが、日本に来た外国人はそのうち日本に染まっていきます。サクセスでもいろんな国の人を採用していますが、不思議とみんな日本風になってます(笑)。

 

――「郷に入りては郷に従え」ということで、努力しているのでしょうね。

吉成 うーん、意識的に努力しているのか無意識に染まっているのか・・・。昨年訪れたオーストラリアやニュージーランドには中国からの移民がとても多かったのですが、彼らは同胞である中国からの観光客を嫌ってましたからね。「あいつらはルールを守らない!」って(笑)。

 

――それは染まってますね(笑)。

吉成 たとえ短期間では完全に染まりきらなくても、長く住んで世代が進めば同化していくでしょうね。かつて中国大陸や朝鮮半島から日本に渡ってきた渡来人の子孫だって、とっくに区別がつかなくなってるわけですから。

 

――移民をめぐって世界各国で混乱が起きている今、移民の受け入れには慎重な姿勢が必要なのでしょうが、それでも過剰に悲観的に考えるすぎることはないように思えてきました。

吉成 難しい問題ですから時間はかかるでしょうけど、この先日本では介護の問題もますます深刻になってきますから、現実的に考えて、介護施設や病院での人手不足解消のためにも移民受け入れの議論は避けては通れないと思います。

 

――ここ数年、海外からの観光客が劇的に増えていますし、2020年には東京オリンピックも控えています。日本に来て、日本を好きになって、日本で働きたいと思ってくれる人が増えるといいですね。

吉成 基本的に日本人は真面目で、何事にもルールを守り、格差も少ないので、けっこう住みやすいし働きやすいと思うんです。じつはこういう国は意外と少なくて、たとえば韓国では大手企業に入れたひと握りの人間以外はなかなか豊かになれないし、中国では共産党員以外は成功できません。ですから、たとえ国策として反日を掲げている国でも、活路を求めて日本に来たいという人はたくさんいるんですよ。日本にも改善すべき問題はたくさんあり、不平不満もあるでしょうけど、いちど外国で暮らしてみたら日本がどれだけ良い国かを実感するんじゃないかと思いますね。

 

サクセスでは毎年、韓国・大邱の永進専門大学からエンジニアを採用している。 毎日平均2時間の日本語授業を行っている。

 

吉成社長のつぶやき(49)

柔道には随分とのめり込み、結果を残した吉成社長だが、さっぱり続かなかった趣味もあるらしい。

『楽器を演奏できるようになりたくて何度かチャレンジしてみたんだけど、どれも挫折しちゃったんだよね。高校生のときに買ってもらった安いギターは難しすぎて途中で諦めたし、ずっと後になって「一五一会」っていうギターみたいな楽器を見つけたときは、ギターより簡単に弾けるという理由で手に入れたんだけど、やっぱりダメだった(笑)。で、ハーモニカならいけるだろうと頑張ってみたんだけどそれも上達せず、カスタネットにチャレンジしたのが最後。何か一つくらい楽器を演奏できたらなあって思っていたけど、もう諦めたよ(笑)』

人生のコツ(3)

成功は「運」次第

――吉成社長は、成功をおさめるうえで「運」と「努力」のどちらがより必要だと考えますか?

吉成 間違いなく「運」ですね。実感として、99%くらいが「運」だと思っています。自分の能力や容姿は自分では選べませんし、もっと言えば生まれる時代も場所も環境も、何ひとつ選択できません。成功に恵まれた人というのは、運に恵まれていたんですよ。

 

――運次第で、実力があっても成功できなかったり、実力がなくても成功できると?

吉成 その通りです。ビル・ゲイツがもしアメリカに生まれていなかったら、相棒のポール・アレンに出会っていなかったら、生まれるのが10年ずれていたら・・・。何かの条件がほんの少しでも違っていれば、おそらくマイクロソフトは生まれておらず、ビル・ゲイツが大富豪になることもなかったでしょう。また、どんな凶悪犯だって、そんな人間になりたくてなったわけではないでしょう。持って生まれた性質や、生まれ育った環境が違えばまた別の人生があったはずです。これはもう、運としか言いようがありません。

 

――そう考えると、先進国である日本に生まれただけでも、私たちは大きな運を手にしているのかもしれませんね。とてつもない能力を秘めた人たちが、それを開花させることなく、世界中に埋もれているのでしょうから。

吉成 成功というのはシビアなもので、実力だけじゃどうにもならないし、人格すら関係ありません。だけど「努力すればするほど運が向いてくる」という言葉もあるくらいで、実力をつけるための努力は必要不可欠です。その努力が必ず報われるという保証はなくとも、自分にできることをただやるしかありませんよね。

 

――「報われない努力かもしれない」なんて考えたら、やる気が出ないじゃないですか・・・。

吉成 報われない努力もあれば、報われない愛もある。人生はそんなものです(笑)。

 

「たまたま」を勘違いするべからず

――IT企業であるサクセスを40年間も経営してきた吉成社長に「99%が運」と断言されると、どこか不思議な気もします。いつも、継続的な勉強の必要性を熱心に説いていらっしゃるで、てっきり逆なのかと思いました。

吉成 常に最新の知識や技術をインプットするための勉強を仮に「努力」ということにしたとして、その努力ができるかどうかすらも個人の性格によるところが大きいように思います。僕がサクセスを40年続けてこられたのは、突き詰めれば「なりゆき」です(笑)。そして長いこと会社経営を続けているからこそ、ものごとの成否をわける「運」の大きさを実感することはたくさんありました。

 

――運を引き寄せるための験担ぎのようなことは何かされてますか?

吉成 たまに旅行がてら神社仏閣にお参りする程度でしょうか。特別信心深いということはありません(笑)。

 

――ご自身のことを、運がいいほうだと思われますか?

吉成 たとえば、ヒット作を生み出す努力はもちろんしていますが、実際にヒット作が出たときは「運がよかった!」って思いますね。ちょっとでもタイミングがずれてたらヒットになってはいないでしょうから。プライベートでも、柔道で結果を出せたのはたまたま柔道の稽古がしやすい場所に住んでいたおかげですから、これも運に恵まれたと思うんです。

 

――そのように考えると、たしかに「運がいい」とも言えますね。

吉成 たとえ成功している経営者であっても、運と努力の比率を尋ねられて「努力が半分以上」と答えるような人って、そんなに能力が高くないことが多いんです。実力のない人ほど自分の成功における運の割合を小さく見積もる傾向にありますから。ちなみに、経営の神様と呼ばれた松下幸之助は「9割は運」だと言ってます。

 

――努力家には謙虚な人が多いのかもしれませんね。

吉成 それだけとも言えませんよ。コロンビア大学の社会学教授であるダンカン・ワッツが『偶然の科学』という本の中で、社会や経済における「運」や「偶然」のメカニズムについて語っているのですが、これを読むと、成功は運の連鎖の結果でしかないことがよくわかります。だって、運としか言えない成功事例っていっぱいあるじゃないですか。トランプが大統領になるなんて、論理的に予想できた人はほとんどいないでしょう?

 

――たしかに、あれは衝撃的でした。

吉成 まさに、世の流れがたまたまフィットして起こった成功の一例です。後づけであれこれ分析して理由をつけてみせるのは簡単ですが、やはり運が良かったとしか言いようがありません。まあ、対立候補のクリントンがよほど嫌われていたのでしょうけどね(笑)

 

――「どちらがより嫌いか」という漠然とした空気感が、あれほどまでに大きく作用するとは思いもよりませんでした。

吉成 アメリカだけでなく、日本の都知事選でも同じような流れでしたよね。政治家は実力だけで選ばれるわけではないとはいえ、ムードやイメージに流されやすい有権者が多いことにはちょっと不安も感じますね。

 

何年か前に話題になった『偶然の科学』。

 

 吉成社長のつぶやき(48)

吉成社長には3人のお孫さんがいて、かなり個性派ぞろいらしい。

『同じ親から生まれて同じ環境に育ったっていうのに、性格も能力もてんでバラバラでね。彼らを見ていると、ほんのちょっとの条件の違いが人生を大きく左右するんだろうなあとつくづく思う。まさに「運が99%」』

人生のコツ(2)

何回でも読みたくなる本

――読書家でいらっしゃる吉成社長ですが、「10回読んでも損はない!」と太鼓判を押せる本を教えてください。

吉成 書名をひとつというのはとても選べませんが、司馬遼太郎と藤沢周平の本はどちらもおすすめです。

 

――司馬遼太郎も藤沢周平も時代小説の名手ですが、時代小説がお好きなのですか?

吉成 司馬遼太郎は歴史上の有名な人物を題材にしていることが多く、藤沢周平は市井の人物を描いています。まったくスタイルが違いますが、どちらも面白いし、歴史を知る上でも役に立ちます。

 

――てっきり、経済関係の本やビジネスエッセイなどが挙がるかと思っていたので、すこし意外に感じました。

吉成 もちろん経済の本も好きで、よく読みますよ。特に長谷川慶太郎さんの本は見かけたら必ず買います。今89歳のはずですが、国内外の政治・経済から軍事関係まで、とんでもない情報量を網羅している方なんです。大前研一さんの本もよく読みますね。彼は原子力工学を専攻して、日立の原子力部門にいた人で、その後マッキンゼーの日本のトップに立った人です。あともう一人、亡くなった邱永漢も好きで、講演も聞きにいったことがあります。彼は東大を出て直木賞作家になって、そのあと小説ではなく経済の本ばっかり書くようになったんです。株の名人で、「お金儲けの神様」と呼ばれていた人です。

 

――長谷川慶太郎、大前研一、邱永漢も著作が多いので、すべてを読破しようと思ったら大変ですね。気軽に楽しめるところで、おすすめの映画などはありますか?

吉成 映画だと『サウンド・オブ・ミュージック』ですね。全部で3時間ほどの長い映画なんですけど、ストーリーもいいし、有名な曲がたくさん入っていて楽しめます。主演のジュリー・アンドリュースは大好きな女優さんです。

 

愛は育てないと枯れてしまう

――ご旅行はいつも、奥様が企画されているそうですね。

吉成 毎回、妻がすべて仕切っています。僕はありがたくついていくだけ(笑)。

 

――以前、うまくいかなくなる夫婦にはコミュニケーションが足りていないのだろうとおっしゃっていましたが、吉成社長ご夫妻はそういうトラブルとは無縁そうですね。

吉成 あはは。お互いにちょっとした我慢や思いやりがあればどうにかなるものですよ。愛は育てないと枯れてしまいます。どんな人間関係にも共通することですが、長く育ててゆくことが大事なんです。

 

――社内の人間関係も同じですか?

吉成 その通り。些細なことで人間関係は良くもなり、悪くもなります。以前、こんなことがありました。あるマネージャーが別のマネージャーに対し、「そういうことを言うからお前は社長に嫌われるんだ」と言っちゃったんです。ちなみに僕は、彼を嫌いだなどと言ったことはありません。だけど「社長に嫌われてる」と言われたほうは感情を害して、思い出すたびにどんどん嫌な気分になってしまう。もちろん僕は、言ったほうを呼び出して注意しました。態度の悪い同僚をたしなめるために使ったにせよ、「嫌い」なんていう言葉は人間関係を悪くするだけで、何の役に立ちません。

 

――些細な言葉が不信感を呼んで、関係がギスギスしてしまいますね。

吉成 毎朝社員全員にやらせている『顔当てクイズWho’swho?』も、「こんなことをやって何の役に立つのだ」と敬遠する社員がいます。だけど人間って、上司や同僚が自分の名前や顔を覚えてくれているかどうかを敏感に感じ取るものなんです。たったそれだけのことで、人間関係が変わってくるんですよね。だから、一見無駄に思われるような「出身地」とか「趣味」といった情報だって、どんどん載せるようにしているんです。相手の周辺情報を知れば知るほど、その人間に対しての好感度が上がっていくんです。

 

――ちょっとした共通項を発見するだけで。知らなかった相手のことを少し身近に感じたりしますからね。

吉成 人だけじゃありません。先日あるテレビ番組で、三人の音楽プロデューサーが「それぞれが選ぶ去年のベストテンの曲を紹介する」という企画をやっていたのですが。そのうちの一人が、アニメ映画『君の名は。』で使われていたRADWIMPSの「なんでもないや」を選んで、その理由を説明していたんです。それこそ作曲のテクニックから、作り手が曲を作ったタイミング、どういう思いで曲を書いたのか・・・等々。その説明を聞いたあとで同じ曲を聴いたら、曲の感じ方がまるで違いました。曲に付随した情報や背景を知ることでその曲をもっと好きになるように、人間も知れば知るほど好きになったり、興味が湧いたりするのだと思います。

 

長谷川慶太郎の新刊は必ず買う。大前研一の新刊は1/2。邱永漢の著書は全て読んだ。

 

 吉成社長のつぶやき(47)

友達にしたいタイプを聞いてみると、最初は「価値観や行動基準が似ている人かな」と答えてくれた吉成社長。しかし、しばらく考えてから「うーん」と唸りだした。

『実際に自分の友達を思い浮かべてみると、ぜんぜん違うタイプが多いな。俺の友達、変人ばっかだ』

人生のコツ(1)

毎朝、社員の「顔当てクイズ」から仕事をスタートするという吉成社長。割り込み主義を徹底して次々と入る急な仕事をそのつど片付け、身の回りはいつもきれいに整頓している。お酒を飲みながらの社員とのミーティングや、仕事の後の柔道の時間も大切にしている。
社長のそんな日常から、ちょっとした仕事のテクニックや人生を豊かに送るためのコツなど紹介しよう。

 

見返りを考えないこと

――吉成社長の座右の銘を教えていただけますか?

吉成 「Give and give and give」と「人生すべて塞翁が馬」という言葉が好きです。

 

――「Give and give and give」という言葉は初めて聞きました。どういった意味ですか?

吉成 これ、僕の造語なんです(笑)。僕は「ギブ・アンド・テイク」という言葉があんまり好きじゃなくて、いっそ「ギブ」だけで良いくらいだと思っているので。

 

――見返りを考えずに与えよう、ということでしょうか。

吉成 そんな立派なものでもないんですけど、昔の友人で、常に「自分にとってプラスになるかマイナスになるか」という基準で付き合う人間を決めている奴がいたんです。それがとても打算的に見えて、なんだか嫌だったんですよね。当然、僕のこともそういう目でジャッジしていたのでしょうし。

 

――それは確かに感じが悪いですよね。ビジネスではそういうシビアな目が必要なときもあるのでしょうが・・・。

吉成 個別の取引に関しては必要なケースもあるかもしれませんが、いくらビジネスでも、いちいちそんな計算をする必要がありますか? 自分の周りを見ている限り、ろくに計算ができない人間に限ってそういう目先の計算をする傾向があるし、だいたいそれで損をしているんですよね。

 

――せっかく計算したのに、結局は損をしていると……(笑)

吉成 人間関係って変化するでしょう。例えば、同窓会で昔の同級生と会ったときに、その場で自分にとってプラスかマイナスを考えて付き合いを決めるなんて意味のないことですよ。人付き合いは「ギブ・アンド・ギブ・アンド・ギブ」でいい。

 

――「人生すべて塞翁が馬」というのは?

吉成 何が良いことにつながるか分からない、という意味です。不運と思われることが成功の原因になったり、成功したことが失敗の原因になることは往々にしてあります。例えば元野球選手の清原だって、若い時にはあれだけ大活躍して順風満帆だったけれど、そのうち麻薬に手を出して犯罪者となり、お金も仕事もすべて失うという転落を味わっていますよね。彼の姿を見ていると、あまりにも野球に適性がありすぎたがゆえに、その後の人生を誤ってしまったのではないかという気になります。

 

――一方で、スター選手と言えないまでも、野球を深く探求した結果、解説者や監督になるような選手もいますから、人生はわからないものですね。

吉成 本当にそう思います。社員を採用するときにときどき経験するのですが、採用の直後に「なんでこの人を採っちゃったんだろう・・・」と後悔したり「いい人材が採れた!」と浮かれることがあるのですが、数年後にはそれらの評価がまったく逆に変わっているということがあるんです。ゲームの企画でも、失敗したゲームの反省を踏まえて作った次のゲームが大成功したなんてこともありますし、一時の成功や失敗を評価するのは、つくづく簡単ではないと感じます。

 

犬が吠えたら向かっていけ

――ビジネスシーンでは不運なことも起こると思います。ピンチを迎えたとき、何か心掛けていることはありますか。

吉成 ピンチのときは「逃げない」ことが大切ですね。ほら、犬って逃げるとおっかけてくるでしょう? だから犬が吠えたら向かっていくといい。そうすると犬のほうが逃げますから(笑)

 

――それは勇気がいりますね(笑)

吉成 例えば会社が潰れるときって、経営者が雲隠れして連絡が取れなくなってしまうというケースがけっこう多いんですよ。でも、どんなに逃げても債権者が追っかけてきます。それから、会社が不祥事を起こしたときに逃げる経営者っていますよね。だけどインタビューから逃げようとすればするほど、テレビカメラはどんどん追っかけてきます。こういうときは逃げずに、なるべく早く謝罪会見に向かっていくほうがいいんです。ところがテクニックを知らない人は、逃げたら悪化することがわからないから逃げちゃうんですよね。

 

――ピンチにもいろんな種類があると思いますけど・・・。

吉成 基本的に全部いっしょ、犬が吠えたら向かっていくことです。どんなに怖くても逃げてはいけません(笑)。

 

――嫌なことや辛いことがあったときの立ち直り方を教えてください

吉成 次にすべきことを考えることですね。落ち込みやすい人は切り替えが難しいこともあると思うのですが、気持ちを切り替えて集中力を高める方法はいくつかあるんです。そのひとつが、自分なりの儀式を持つこと。たとえばイチローがバッターボックスに立つときに行う一連の動作がありますが、あのプロセスを踏むことによって集中力が高まるわけです。一流のスポーツ選手は、こういったルーティーンと呼ばれる儀式を持つこと多いですね。

 

――吉成社長にもルーティーンはありますか?

吉成 営業でお客と商談する時の儀式は、時間よりもちょっと早めに着くようにしてコーヒーを飲み、服装を整えてからお客のもとに向かうというものです。

 

ルーティーンとして繰り返していると、コーヒーの香りだけを嗅ぐだけ集中力が高まる。パブロフの法則。

 

吉成社長のつぶやき(46)

顔当てクイズ「Who’s who?」の営業に吉成社長自身でプレゼンに出かけるという。

『このプレゼンほど、経営者の考え方や性格を見るのに適したものはないね。「何でこんなもの作ったの」と使うことに全く関心を持たない人と、「面白いものを作りましたね」と関心を持ってくれる人と、反応が両極端』

「会社」とのつきあいかた

終身雇用制度が崩壊した今の日本で、働く人はどういう心構えでいるべきなのか?吉成社長は、これまでも繰り返してきたように「自分の能力を磨き続けることの大切さ」を強く説いてくれた。いつ何時でも会社を切り捨てられるくらいの覚悟で準備をしておくこと、それが必ず自分自身を救うという。

 

仕事を優先するな

――吉成社長は趣味である柔道にかなり本格的に取り組んでいますが、社員の方にもスポーツを推奨されているんですよね。

吉成 うちの社員はいくら助成金を出してもスポーツをやりたがらないんですけどね(笑)。まあ、スポーツをするかしないかは置いておくとして、僕はプライベートを犠牲にするような働き方には反対です。会社によっては、健康まで犠牲するような仕事があるようですが、健康を犠牲にする価値ある仕事なんてあり得ません。

 

――社長ご自身も会社の立ち上げ当初に残業や泊まり込みを繰り返した経験があり、その反省もあるのだと、以前伺いました。

吉成 ゲーム開発を始めた頃、月に12回徹夜をした経験がありますね。徹夜仕事の一番の問題点は、徹夜をするとなぜか仕事をやったような気になっちゃうんですよ。集中力を高めてやれる時間なんて限られてるわけですから実際にはすごく効率は悪いのに、夜明けにブラインドを指でそっとめくり上げては「俺は、何て頑張ってるんだ」なんて勘違いするんです(笑)。

 

――頭ではわかっていても、仕事が忙しい時期はプライベートを優先することに罪悪感を覚えてしまうという人も多いと思います。

吉成 仕事だけに生きがいを求めては駄目です。僕は千代田区スポーツセンターで週2回は柔道の指導員として自分の稽古と指導をやっているのですが、社会人の中には仕事が忙しいという理由で休みがちな人もいるんです。そういう人には「仕事を優先しないで、柔道を優先しろ」って言ってます(笑)。

 

――なかなか厳しい指導ですね(笑)

吉成 無茶なことを要求しているように聞こえるかもしれませんが、貯金と同じように考えればいいだけです。「余ったお金を貯金しよう」なんて思っていたらいつまで経ってもお金なんか貯まりませが、給料から自動的に積み立てていくように設定しておけば、否応なく貯まります。時間の管理も同じで、趣味の時間をあらかじめ確保しておいて、残りの時間で仕事をすればいいだけの話です。

 

――定期積み立てくらいの気持ちでいれば、なんとか趣味の時間を死守できそうですね(笑)

吉成 僕がそこまで言うのは、長時間の残業は効率が悪いという理由だけではないのです。じつは僕の弟は、昔、とある有名デパートに就職していたのですが、20年ほど前、景気が悪くなってリストラの嵐が吹き荒れたんですよ。そのとき行われていたリストラの実態を弟の口からいろいろ聞いたのですが、会社が社員を一方的に解雇するわけにはいかないから、辞めさせたい社員をかつての部下の下に配属したり、家族のある社員に転勤を命じたり、店長経験者に受付の案内係をさせたり、とそれは酷いものでした。

 

――悪質なリストラ策がメディアで取りざたされた時期がありましたが、実際にそういう状況に追い込まれたり、目にするだけでもショックでしょうね。

吉成 身も心も捧げ尽くして働いた会社にそんな状況に追い込まれ、首を切られるという話を聞いたとき、自分の人生すべてを会社に委ねるな、と強く思いましたね。

 

本当の意味での実力を備えよう

――終身雇用を期待できる会社が少なくなったいま、誰にとっても他人事ではありませんね。

吉成 どんな会社でも常に優秀な人間を欲しがっていますから、辞めたときに即、あちこちから声がかかるような存在になれば安泰です。うちの社員たちには、会社に対していつでも「じゃあ辞めます」とケツをまくれるようにしておけといつも言ってるんですよ。何かあったとき、唯一身を守れるのは自分の能力だけですからね。

 

――会社に忠誠を誓って「いつまでも置いてください」というよりも、「いつ辞めてもいいんですよ?」と言えるくらいの実力を備えた社員でいてほしいと?

吉成 むしろそういう社員ばかりならサクセスも安泰です(笑)。そのレベルに至るのはなかなか大変ですけどね。

日本はずっとデフレが続いていて、需要に対して供給が多すぎる状態です。世の中にこれだけゲームコンテンツが溢れかえっているなかで、周りと比べて「特別に劣っているわけじゃない」という程度の実力ではまったく役に立ちません。ゲームも並のゲームとかそこそこ良くできたゲームが売れないのと同じです。

 

――ユーザー側からすれば選択肢が多くて嬉しいけれど、コンテンツビジネスをする側からするととても厳しい時代ですね。

吉成 プログラマー、デザイナー、プランナー、職種は何であっても、優秀な人材は引く手あまたです。我々の業界では、新しい技術は次々と出てきますから、常に勉強を欠かさず、必要な情報をインプットしていくことが大切です。インプットの習慣がなかったり、勉強が嫌いという人は、そもそもクリエイティブな仕事には向いていません。

 

――あっという間に時代遅れになってしまいますからね。

吉成 クリエイティブな仕事に限らず、どんな職業にも情報収集はとても重要です。「情報化社会」という言葉はもう何十年も前から使われていますが、昔と比べ、情報の重要性はとてつもなく大きくなっていますからね。いまや時代は「タイム・イズ・マネー」ではなく「インフォメーション・イズ・マネー」。リッチさとは持っているお金の量ではなく、「いかに情報を持っているか」そして「どれほど情報を使うスキルがあるか」ということで決まります。それに気がついている人はまだまだ少ないように思いますが、その意識なくして成功はありえません。

 

――若者に限らず、仕事を続けてゆくうえで肝に銘じたほうがよさそうですね。

 

ここが日本で一番社会人柔道家が集う場所。ここに指導員として週2回通っている。

 

吉成社長のつぶやき(45)

最近、オーストラリアとニュージーランドに旅行に行ったという吉成社長は、その豊かな暮らしぶりにとても驚いたという。

『オーストラリアって主産業は農業と鉱業くらいなのに、中国からの移民で人口がどんどん増えて、一人当たりのGDPはなんと日本の1.5倍。平均賃金は600万円くらいだけど、残業という概念がないので実質的には700万円という。しかも社会福祉がしっかりしてるから貯金の習慣もないらしい。向こうで出会った日本人居住者は、みんな口をそろえて満足している、と言ってたなあ。え、俺? 正直、住みたいとは思わない。だって飯はまずいし、夕方5時になるとお店がぜんぶ閉まっちゃうんだもん(笑)』

柔道から学んだこと(2)

継続こそ力なり

――続けることの大切さは、趣味でも仕事でも共通しているのですね。

吉成 何かを成し遂げたかったら、やっぱり続けることが一番大事だと思いますね。仕事でちょっとつまずいたり、新しいことに興味が移るたびに転職する若者をたくさん見てきましたが、次から次へと会社を移るせいでほとんど成果を残せていませんから。

 

――そのフットワークの軽さは、ある意味、若さの特権かもしれませんね(笑)。

吉成 若さがあるうちはまだいいのですが、そのうちどこにも就職できなくなってしまうぞ、と心配になりますね(笑)。さきほど、一つのことを長く続けられない人が多くなっているという話をしましたが、日本人から我慢強さが失われつつあるのかなという気がしています。離婚率だって、どんどん上がってきているでしょう?

 

――いまや3組に1組が離婚する時代ですからね。結婚するときには「一生添い遂げよう」という気持ちだったはずなのに、なんとも切ない数字です。

吉成 結婚したら終わりじゃなくて、夫婦や家族の関係というのは、そこから時間をかけて育てていくものなんですよね。ちゃんとコミュニケーションをとらなきゃいけないし、ときには我慢も必要です。離婚にはいろんなケースはあるんだろうけど、必要な我慢ができない自己中心的な人は、簡単に「はい、別れましょ」ということになっちゃう。

 

――我慢ひとつで円満な家庭をずっと維持することができるはずなのに、もったいないですね。一方で晩婚化も進んでますし、人生の伴侶を見極めることに慎重になっている人も多いのではないでしょうか。

吉成 いまは草食系が増えてるから恋愛自体に興味がないという人も多そうだけど、例えば今付き合っている彼女とか意中の相手がいるとして、「彼女よりもスタイルのいい子がいる」「彼女よりも美人がいる」「若い子がいる」なんていう表面的な基準で目移りしていたらいつまでたっても結婚なんかできませんよ(笑)。「たしかに美人じゃない、特別スタイルがいいわけじゃない、頭も決してよくはない。でも君じゃないとダメなんだ!」という存在を探さないとね。

 

――そういう相手なら、そうそう離婚の危機には陥らなさそうですね。

吉成 転職を重ねる人も「この条件はこっちの会社がいいけど、あの条件はあっちのほうがいい」と目移りするんじゃなくて、「でも自分はこの仕事がしたい」という意思で選ぶべきです。そうでないと一つの道でエキスパートになることはできませんからね。仕事にしても趣味にしても人間関係にしても、時間をかけて育ててゆくことで人生が豊かになるし、深みが増します。そのことを、若い人たちにはもっと知ってもらいたいですね。

 

鍛えるべき筋肉は?

――趣味や仕事で何か一つのことを極めることができたら、別のジャンルでも成功できそうな気がしますが、吉成社長はどう思われますか?

吉成 世の中うまくできているもので、そう簡単ではないんですよ。例えばオリンピックのマラソン競技で金メダル取った選手が、同時に短距離で金メダルを取ることはないでしょう? それは、長距離と短距離では必要な筋肉が違うからです。魚で説明すると、ヒラメなんかの白身魚は瞬発力に優れていて、マグロとかの赤身魚は持久力に優れているのですが、マラソンで金メダルを取るためにはマグロみたいな肉をつけなきゃいけないし、短距離ならヒラメみたいな肉をつける必要があるんです。

 

――マラソンのために鍛え上げた筋肉は、短距離では役に立たないということですね。

吉成 金メダルを取れるほどの選手は、その分野に必要な要素を極限まで高めているわけですから、他のジャンルで同じように金メダルを取れるということはありえません。スポーツによってはその要素が多少かぶっているということはありますが、それでもトップレベルに至るだけでもかなり難しいはずです。だからサクセスもあれこれ手を出すことはせずに、ソフトウェア開発だけに専心してきたのです。

 

――大手のゲーム会社のなかには多角経営をしているところもありますが、サクセスはそういったことは考えていないと?

吉成 専門ジャンル以外のビジネスに手を出すことなど、ありえない話ですね(笑)。史上最高の投資家と言われるウォーレン・バフェットも自分が理解できない事業には投資しないという鉄則を守っているし、経営の神様と呼ばれた松下幸之助なんかは、多角経営なんかやっている経営者の気が知れないと述べています。

 

――成功するためには、一つの筋肉を徹底して鍛えあげるほうが効率がよいということですね。

吉成 筋肉の質を簡単に変えることはできませんからね。それに、筋肉はいちど鍛え上げればそれで終わりというわけではありません。時代や環境の変化に適応していくためには筋肉を維持するだけでなく、筋肉の組織自体を少しずつ、常に変えていく努力が必要です。そうじゃないと時代に取り残されてしまいますからね。それはどんな会社でも同じことです。

 

――瞬く間にトレンドが変化するゲーム業界では、特に重要かもしれませんね。

吉成 その通りです。実際、ガラケー全盛の時代にゲーム開発で上場したゲーム会社は何十社とありますが、そのほとんどがスマホの時代に生き残ることができず廃業していますから。時代の変化に対応するというのはどんな大手でも難しいことなんです。例えば、かつて主要エネルギーが石炭から石油に変わったとき、大手の炭鉱会社で石油のメジャーになった会社なんてありませんよね。また、大きな鉄道会社が航空会社を作って成功したという事例もありません。スポーツでもビジネスでも、一つの分野で大成功を収めた人や組織というのは、成功に必要な要素を備えているものです。ところがジャンルや環境が変わったときに、その要素がそのまま生かせるケースは極めて少ないのです。

 

ヒラメとマグロの筋肉は、こんなに違う。

 

吉成社長のつぶやき(44)

吉成社長に好きな女性のタイプを聞いてみたところ、

『ないです、どんなタイプでもOK。でも、自分のことをタイプだ、という女性のタイプは一目で分かる。芸能人でいうと、西田ひかる、夏目三久、松たか子、桐谷美玲とか・・・、まだまだいるけど名前が分からない』

柔道から学んだこと(1)

サクセスをスタートしてから40年、そして柔道を始めてから55年。長く続けることでしか得られないものが、吉成社長にはたくさんあったという。何かにつまずいて仕事や人間関係を放り出してしまいたいとき、ほんのすこし「我慢」や「辛抱」という言葉を思い出してみてはどうだろうか。いつか、思いがけない人生の深みや喜びに触れることができるかもしれない。

柔道と自己啓発

――吉成社長は中学生のころに始めた柔道を今も続けているのですよね?

吉成 僕の唯一の趣味ですからね。柔道を始めてから55年になりますが、観戦よりも実戦のほうがずっとおもしろいので、週に4回の道場通いはやめられません。「同じ阿呆なら踊らにゃ損損」って言うでしょう?

 

――55年もずっと踊り続けていられるというのはすごいです(笑)

吉成 好きじゃないととても続けられませんよね。ただ、僕は中学の部活動で柔道と出会うことができたけれど、残念ながら今は学校の部活動も低調なんですよ。日本で柔道教育の中核を担っているのは学校の部活動なのですが、最近では柔道部のない学校も増えているんです。

 

――主要な育成の場が減りつつあるということは、柔道をする人も減ってしまうのでは?

吉成 その通りです。海外では、たとえ柔道が盛んな国でも学校に柔道部なんてほとんどありませんが、町道場の数がとても多いんです。日本の柔道人口17万人に対して、フランスは56万人、ブラジルは200万人と言われています。この数字を支えているのが町道場や町の柔道クラブなんです。一方、日本では町道場の数がずいぶん減ってしまいました。

 

――昨年のリオデジャネイロオリンピックでのメダルラッシュが印象的だったので、日本のお家芸である柔道がそんなに低迷していたとは驚きました。

吉成 もともと柔道場は儲かるビジネスではありませんし、いま残っている町道場も、整骨院の先生が、趣味やボランティアで教えているケースが多いんです。それに、大学で柔道をやっている若者も、柔道部と柔道愛好会があったら、愛好会を選ぶ傾向にあります。強くなりたいというモチベーションはあっても、厳しい稽古という代償は払いたくないのでしょう。根性のない人が増えてきたのかな。結果はほしいけどそのための努力はしたくない、という日本人は増えていますから(笑)。

 

――柔道人口の維持のためには、気軽に楽しめる同好会の存在にも一定の意義はあると思いますが。

吉成 もちろんそういう選択も否定しません。だけど、せっかく柔道をするのに体験的に楽しむだけで時間を費やしてしまうのは、その人にとってもったいないという気もするんですよ。強くなるレベルもスピードも比較になりませんからね。やるからには高いレベルを望まないと。それに学ぶべきことは、僕は柔道を始めてからかれこれ55年になりますが、いまだに沢山ありますからね。

 

一つのことを長く続ける

――技術を完全に習得したあとも、精神面ではまだまだ学ぶ余地が多いということでしょうか。

吉成 いいえ、柔道の技術を完全に習得することなどありえません。伝統的な武道なので完成形と思われがちですが、柔道は常に進歩し、新しい技も生まれ続けているのですから。

 

――えっ、そうなんですか? 個別の技をそれぞれが磨きあげることはあっても、技そのものはてっきり固定されているものだと思いこんでいました。

吉成 さきほど日本以外での柔道人口の話をしましたが、柔道が世界に広がったのは、明治末期から大正にかけて、講道館が世界各国に柔道家を派遣して普及に努めたからなんです。そのうちブラジルに伝わった柔道が固有の進化をして「ブラジリアン柔術」と呼ばれるようになったのですが、ブラジリアン柔術では寝技が特に進化したため、寝技の数がとんでもなく多いんですよ。もちろん日本や他の国でもそれぞれ進化していますから、柔道全体で、技の数やバリエーションがものすごく増えています。となれば学ぶべきことはいくらでもあり、どんなに研究や稽古を重ねても、全ての技を使えるようになるということはあり得ませんね。

 

――変化し続ける技術を継続的に学んでいくのは並大抵のことではないと思いますが、そういった努力のうえに、競技全体のレベルは上がっていくものなのですね。

吉成 一つのことを長く続けるためにはいくつかの要素が必要ですが、やはり「好きだ」という気持ちがいちばんの原動力でしょうね。でも、最近若い人たちを見ていると、そこまで長く続けている何かを持っている人って少ないように見えるんです。つまり、そこまで深く好きになることがない、ということではないかと思うんですよね。これはとても残念なことです。

 

――今の時代はスポーツに限らず習いごとの選択肢がたくさんありますし、専門的な情報にアクセスするのも簡単ですから、興味を持ったことを気の向くままに試してみたり、自分のペースで広く浅く楽しむ人が多いのかもしれません。

吉成 簡単に覚えて、簡単に楽しめて、簡単に他のことに移っていく・・・、そういう風潮がありますが、それは本当に楽しんでいると言えるのでしょうか。柔道を続けていて実感したのですが、一つのことをずっとやり続け、本質的な部分を追究することでしか得られないものが確実にあるんですよ。柔道はちょっとかじったくらいでは強くならないし進歩もしませんが、深く追究すればするほど強くなれます。どんなことにも、上っ面だけを舐めるような楽しみ方では到底得ることのできない面白みがあるんです。

 

――長く続けてみないと本当の面白さにはたどり着けないものなのですね。

吉成 仕事にしても同じことが言えます。サクセスはもうすぐ40周年を迎えますが、ソフトウェア開発を40年間続けたことによって得られたものは数多あります。ゲーム会社が潰れてしまう大きな理由に、その組織を構成するメンバーのスキルの低さ、情報量の不足がありますが、徹底して一つのことを追究してゆくという姿勢があればそんな事態に陥ることはありません。目先のことだけをクリアした気になって満足したり、次々と新しい事業に目移りしていては、この時代に生き残ることはできません。

 

日本マスターズ柔道協会の副会長、千代田区スポーツセンターの指導員、高校柔道部のOB会会長などを兼任しているため、後進の指導や審判などにしょっちゅう駆り出されている。

日本マスターズ柔道協会の副会長、千代田区スポーツセンターの指導員、高校柔道部のOB会会長などを兼任しているため、後進の指導や審判などにしょっちゅう駆り出されている。

 

吉成社長のつぶやき(43)

柔道が海外に伝わってからたった100年足らずの間に世界各地でそれぞれの変化を遂げていたと聞いて驚いていると・・・。

『世界の国の数は196、国連加盟国は193、世界柔道連盟に加盟している国はその数よりも多い199。台湾を含め国として認められていない国にも柔道組織があるから。ここまで普及したのは、明治時代、嘉納治五郎という人物が、柔道を世界に広める、という強い意志を持って、世界に柔道家を派遣したこと。同じ時期に日露戦争で日本が勝利したことの影響が大きい。開国間もない明治の時代、日本の柔道を世界に広めるという、強い意志と壮大な理想を持った人物が存在したこと、アジアの小国が大国ロシアに勝利したこと、何れも奇跡に近い』

吉成社長が影響を受けた4人のビジネスマン(4)

コイツの頭はどうなっているんだ!?

――吉成社長が影響を受けたという4人のうち、最後のお一人である北尾さんについて教えてください。

吉成 北尾はブリタニカ時代の後輩に当たり、お互いブリタニカを辞めた後も、20年前に彼が亡くなるまでずっと付き合いが続いていた親友の一人です。ブリタニカの後も営業マンとしての経歴が長かった僕とは違い、北尾は広告会社を立ち上げてSP(販売促進)に関わる仕事をしていました。

 

――北尾さんも経営者として活躍されていたのですね。

吉成 「経営者」というより「とんでもない企画マン」という印象のほうが強いですね。僕は営業マンとしていろんな商材を扱ってきましたが、新製品を売る時に彼に相談すると、その売り方や宣伝方法といったアイディアをその場でパパーッと、3つも4つも提示してくれるんですよ。ものすごい刺激を受けました。

 

――その商材のことを事前に知らせていたわけではないのですよね?

吉成 ええ。なんの予備知識もないのに何パターンも即答してみせるわけですから、最初の頃はなんという天才かと驚きました。実際、彼のIQは180以上ありましたしね。

ところが付き合いが長くなってくると、彼はアイディアを出す「技術」を持っていることに気づいたんです。どんなに目新しく見えるアイディアにも一定のパターンがあり、技術を修得すれば誰でも同じようにアイディアを出せるということに気づいたんです。

 

――北尾さんの思考パターンを読んで、分析したのですか?

吉成 自分ではそんな意識もありませんでした。文字通り「気づいた」という感覚です。

 

ヒラメキではなく技術!

――吉成社長が気づいた「アイディアを出す技術」とは、どんなものだったのでしょうか。

吉成 たくさんありますが、まずは数学の「組み合わせ」を意識するとわかりやすいかと思います。

 

――ええと、「nCr」とか「nPr」とかのアレですか? かなりうろ覚えで自信がないのですが・・・。

吉成 そう難しく考えることはありません(笑)。どんな新しいアイディアも、言ってしまえば既存のものの組み合わせです。元になるアイディアが多ければ多いほど、組み合わせによって生まれる新しいアイディアの数も膨れ上がるということが理解できればいいのです。

 

――そう言われてみると理解できますが、実際に使えるアイディアを自在にひねり出すにはコツが要りそうですね。

吉成 それなら誰でも試せる簡単な方法があります。ひとつは「ブレーンストーミング法」です。人間の頭の中に入っている知恵というのは自分ひとりで考えついたものではなくて、家庭や学校で教えられたり、他人やメディアから得た情報がどんどん溜まっていったものですよね。そうやってアイディアとアイディアをエクスチェンジする過程の中で新しいものがポンと生まれたり、新しい組み合わせが生まれたりするわけです。企画を考えるときも、ひとりで机に向かってじっと考えていれば出てくるというものではありません。いろんな人と向き合ってアイディアを交換し合う中で、思いがけない新しいものが出てくることが多いんです。

 

――サクセスでも月に一度、アルコールを飲みながらブレストを行っているのでしたよね。

吉成 初期の頃からずっと続けていますが、非常に効果的な方法です。ただ、やり方が悪いとグダグダに終わってしまうこともあるようですから、メンバーの中に慣れた方がいるといいと思います。また、ブレストのイベントを利用してみるのもひとつの手かもしれません。かつて御茶ノ水にある専門学校で、毎月「百式会議」というブレストが開催されていました。参加者を4、5人ずつのチームに分け、その場でお題を出してアイディアを競わせるというコンテスト形式のイベントです。限られた時間のなか、即席のチームでアイディアを出すわけですが、毎回「いったいどこからその発想が出てくるの!?」と驚くような見事なアイディアが続出したものです。

 

――最近、あるITベンチャーの社長が「ブレストは時間の無駄なので排除した」と言っている記事を読んだのですが、無駄かどうかはやり方次第なのですね。

吉成 バカバカしい(笑)。その社長は企画の仕事をやったことがないのでしょう。人間と人間が接すると、化学反応が起こって、ひとりの頭では到底考えつかないようなアイディアが出てくるものです。

 

チェックリストで効率的に発想する

――アイディアを出すための方法ですが、ブレストのほかにはどんなものがありますか?

吉成 もうひとつの簡単な方法は「チェックリスト法」ですね。これはアイディアをチェックリストの項目に従って掘り下げてゆく方法で、1つのアイディアから何パターンもの別案を派生させることができます。最初に項目を決めておきさえすればよく、漠然とこねくりまわすよりもずっと効率的です。

 

――リストにはどんな項目があるのでしょうか?

吉成 それは企画の趣旨や、企画者によってさまざまです。たとえば小説を書こうと思い立ってアイディアを1つ考えたとしましょう。そのアイディアを掘り下げるときにチェックリストを使うとすれば、その項目には「キャラクター」「テーマ」「舞台設定」などがあるはずです。「小説の舞台を日本から中国に変えたらどうなるだろう?」「時代を100年後にしてみたら?」「悪役を主人公にしてみたら?」「恋愛ではなく友情に焦点を当てるのはどうだろう?」「構成を短編連作にしてみたら?」といったように1つ1つの要素を置き換えて考えてゆくだけで、まったく新しい作品アイディアが無限に生まれます。

 

――自分でチェックリストの項目を考えること自体が、いい訓練になりそうですね。

吉成 ブレストと違い、この方法なら1人でも新しい企画を考えることができますから、企画を考えるのが苦手だという人は試してみるといいでしょう。ただし、最初のアイディアがゼロではどんな技術を使っても新しいアイディアが生み出されることはありません。普段から情報を集めること、勉強しておくことが、いいアイディアを出すための前提条件ですね。

 

順列、組合せを計算するためだけに使っている関数電卓。プランナーには必須のツール。

 

吉成社長のつぶやき(42)

インタビュー中、愛用の関数計算機を見せてくれた吉成社長。いつでも組み合わせの数を計算できるようにしているのだという。

『ソフトバンクの孫さんがアメリカに留学していた時、一年間、毎日5分使って新しいビジネスモデルを考え、「アイデアバンク」と名付けたノートにメモしていったという話は有名だよね。ノートに記された250以上のアイディアの中から実現したのが、シャープに売って資金を調達したという音声翻訳ソフトの特許なんだけど、新しいビジネスモデルを365日考え出すなんてのは、「組み合わせ」という考え方がベースにあればなんでもないわけ。誰だってできる』

吉成社長が影響を受けた4人のビジネスマン(3)

「うちのコンピューターを売ってくれない?」

――自販機商法を学ばれたあと、いよいよサクセスを設立されたのですよね。

吉成 1978年の創業当時は「サクセスアチーブメント東京」という会社名で、SMI(サクセス・モチベーション・インスティテュート)というアメリカの会社の教材を取り扱っていました。

 

――教材の内容について教えてください。

吉成 簡単にいうと自己啓発の教材ですね。自己分析をして、人生目標を立て、それを達成するための行動計画を作るというもので、1セット20万円ほどもする高額商品でした。

 

――となると、一般の家庭に販売したブリタニカ百科事典や店舗を中心に営業したパールベンダーとは、営業先がまったく異なりますよね。

吉成 「人生に目的を持って成功したい」というビジネスマンに向けた教材でしたから、主な顧客は中小企業の社長や、生命保険の支部長・支店長といったセールスマネージャー、それからいろんな業界のトップセールスマンでした。一般のサラリーマンには響かない教材でした。

 

――大企業の中間管理職やヒラ社員ではなく、小さな組織でもトップにいる人を狙って営業されていたのですね。

吉成 はい。その時の顧客のひとりがソード電算機システムの社長の椎名堯慶さんでした。 当時はまだパソコンという言葉さえなく、コンピューターはとても高価なものでしたが、ソードはそんな時代に20万円台という格安のコンピューターを開発・販売していました。アップルが初期のマイコン「Apple I」を出した翌年にはソードは「M200」を出し、「日本のアップル」と異名を取っていたのです。じつは、サクセスはゲーム開発に踏み込むことになったのは、「君、うちのマイコンを売ってくれない?」という椎名さんの一言がきっかけでした。

 

※アップルのマイコン「Apple I」は1976年発売、ソードのマイコン「M200」は1977年発売で、マイコンベンチャーとして知られたのもこのあたり。ただしソードのマイコン「SMP-80シリーズ」はアップルよりも早い1974年に発売。

 

知識ゼロからのスタート

――コンピューターを取り扱ったことのない吉成社長に、椎名さんはなぜそのような依頼をしたのでしょうか?

吉成 ソードのマイコンは僕が売っていた教材と価格帯が近く、ソードがマイコンを売るターゲットとして想定していたのも、僕が得意とする中小企業だったのです。とはいえ、セールスマンが自分の売る商品のことを何も知らないのでは始まりませんから、依頼を受けるかどうかを決めるために、僕はまずコンピューターの勉強を始めることにしたわけです。

 

――そのあたりの顛末は、以前にもお話を伺いましたね。まったくコンピューターの知識がなかった吉成社長は、本を買い込んでコンピューター言語の勉強をされたのだとか。

吉成 はい。当時はコンピューター本体とベーシックの教本をセットで売るのが一般的でした。コンピューターは買ってすぐに使えるようなものではなく、使うためには付属の教本を読んで、自分の会社に必要なソフトを作らなければならなかったのです。

 

――あらゆるソフトが簡単に手に入る現在とは、まったく状況が異なっていたのですね。ハードルが高すぎです!

吉成 プログラムも、本屋に並んでいるのはベーシックよりもアセンブラのほうが殆どで、、知識ゼロの状態から勉強するのは本当に大変でした。勉強してみてわかったことは「自分はプログラマーには向いていない」ということでしたね(笑)。 いろいろと考え合わせて、ソードからの依頼は辞退することにしました。

 

猛勉強で気づいたこと

――わざわざコンピューター言語の勉強までしたのに、契約に結びつかなかったのはもったいないような気もしますね。

吉成 たしかにその通りですが、あの時コンピューターの勉強をしたことが後にゲーム開発に踏み出すきっかけとなり、会社の方針を考える上でもとても役に立ちました。そう考えると、椎名さんとの出会いがなければ、サクセスの今はないとも言えます。

 

――サクセスは経営理念として「我々の使命は、ソフトウェア開発という文化の創造です」という一文を掲げていますが、ソフトウェア開発に狙いを定めたのも当時の勉強の成果なのでしょうか。

吉成 はい。苦労して勉強したおかげで、ソフトウェアを使えばあらゆる目的のツールを自由自在に作り出せるということに気づいたのです。そして、ゲーム業界で仕事をするのならソフトウェア開発の能力が強力な武器になる、と。ところが、サクセスがゲームの仕事を始めた頃は、まだその重要性に気づいていない人が多かったんです。

 

――そういった状況の中では、吉成社長が得た知識は大きなアドバンテージとなりますね。

吉成 当時はインベーダーの最盛期で、業界内では「インベーダーの次は何が流行るのか」「インベーダーのブームはいつまで続くか」といった議論がありました。「パチンコが戦前からずっと続いているように、インベーダーのブームはまだまだ続くだろう」と予想する人がいれば、「これもブームの一つだから、何れ終わる」という人もいました。

僕は、「ソフトを作り変えるだけでまた新しいゲームができる」と思っていたので、インベーダーはそのうち飽きられ、別のゲームが台頭するだろうということが容易に想像がつきました。まあ、具体的にどんなゲームが来るかまではさすがにわかりませんでしたけどね(笑)。

 

――椎名さんとはその後、お仕事でのお付き合いはあったのでしょうか。

吉成 これまでに名前を挙げた篠澤さんやショーン・デールさん、それからこの後お話しする北尾とは違い、椎名さんと一緒に仕事をしたことは一度もないんです。にもかかわらず彼のたった一言が僕のビジネスマン人生を大きく変えたことを考えると、出会いとは不思議なものだなと感じますね。

 

これが当時20万円代で売られていたソード電算機システムのコンピュータ。これを売ることを検討したことが、その後のゲーム開発につながる。

 

吉成社長のつぶやき(41)

ソード電算機システムが日本のアップルと呼ばれていたんですね。

『椎名さんに会ったのが昭和53年の末だったんだけど、当時は週刊誌や経済誌に頻繁に記事が出てましたね。紛れもなく時代の寵児だった。彼の年齢も確か31か32歳で、年商も100億円は超えていた。ゲーム業界で既に大手だった当時のナムコが、ほぼ同じような規模だった』

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